年末になると毎年考えること。
今年の投資の成績、反省点。そして、来年への夢。
私にとって、今年は絶対的な自信を持てる投資の土台を築いた年だった。
私は、ベトナム株投資は「儲かって当たり前」だと思っている。
例えば、ビナミルクについて、私は、私の「ベトナム証券口座開設サポート」に
参加される方々に、この企業の有望性を伝えてきた。
恐らく、それにピンときて買った方は、30万ドン台で買えたはずだ。
儲かって当たり前だから、私はベトナム株で儲けているし、大きな基礎を築くことができた。
土台ができて安心。従って、来年からは、攻撃的な投資をしようと考えている。
5年前、私は、自分の本業の経営も満足のいく利益の上がらないまま、
食費を含む出費を極限まで減らして投資資金を捻出した。
その頃は、投資資金は中国株に投入されていた。
さらに、投資資金を増やすため、夜間に学習塾の講師をして収入を増やした。
しかし、この企業の扱いに納得できず1年少々で退職し、
2003年夏から本業一本に絞ったのだった。
生徒たちと離れた寂しさと離職した悔しさから、死ぬ気で自分の会社のビジネスを
イノベーションした。これが奏功して、会社の売上は爆発的に伸びた。
怪我の功名だったろうか。
このより先、2001年頃から、ベトナム経済の優位性に気が付いていた私は、
ベトナム株投資をはじめる研究を徐々にはじめていた。
2003年12月現地とコンタクトを開始して、独自のルートを開拓。
2004年早々からベトナム株投資をはじめ、投資金額を増やしていった。
某証券会社の取締役から「お前のしていることはアドベンチャーだ。」と
言われたのが印象深い。それだけ、紆余曲折を経て、調査、企画した。
また、口座の開設や取引の開始も今よりはるかに難しく時間を要した。
この間のノウハウをもってはじめた、「口座開設サポート」だが、この企画に
私の企画を基本的にそっくりそのまま盗む目的で参加した御仁がいたことを
私は忘れられない。人脈も含めて奪おうと計画されていたと、今なら分かる。
その方は、口座開設のビジネスをはじめて、私のライバルになっている。
私は、「狡猾」な男にはなりたくない。「愚直」な男でありたい。
要領よく他人を利用するくらいなら、泥船に乗って溺れた方が男らしいと思っている。
とにかく、その御仁には、私はいい感情を持てるわけがない。
彼はそのビジネスを始めるべきではなかった。義理と仁義のもとでは。
私にとってベトナム株の口座作成の仕事は、本業と比べて比重が低い。
というのも、本業は年間で数億のビジネスなので、口座作成は実はスモールビジネスだ。
しかし、口座作成のビジネスは本当に有意義なビジネスだ。
ベトナム株を始めたい方とベトナムの経済を連結する使命感と達成感が
このビジネスの素晴らしさだと思っている。
従って、今後もその窓口として、ていねいな仕事で続けていく。
来年は、さらによいサービスにすべく活動を拡大するつもりだ。
いずれにしても、私にとっての最低限の土台が築かれた。
私にも自己顕示欲があり、自分の存在を世の中に認めてもらいたいと思う。
あまたいる投資家、起業家の中で自分を認めてもらうためには、
今のベースを糧に、常人とは異なる「表現」をしていかなければならない。
はっきりとは書けないので、抽象的な表現になるが、
これから、私は攻撃的に突き進んでいくつもりである。






